【私の経験がお役に立つなら】
「行動した」事で、あの苦しみ続けた暗黒期から抜け出し、早25年が経過しました。
「13年間苦しみ続けた嘔吐恐怖症」、今でも、もちろん頭の中には、当時の記憶が、
鮮明に残っています。

しかし、体は、あの当時の反応を二度と示さなくなりました。

私は運良く、ある方法と知り会い、その方法を習得する事で治すことができたのです!!
もちろん、薬は一切服用しておりません。

時間が過ぎ、今では、その当時の苦しみについて、普通に人に話ができる様になりました。
その話を聞いた周りの人からは、
「えー、そんな時期があったの!そんな風には見えない!」と口を揃えて言います。でも、でも、でも、

どんな表現を用いて説明しても、あの恐怖感が伝わるわけはないのです。理解できるわけはありません。
経験した人でない限り!!

先日、ネットで偶然、恐怖症という言葉を見つけたので、当時の自分の症状を検索しました。
今では「嘔吐恐怖症」という名で解説されていました。しかし、しかし、

とても驚いたことは、

「同じ症状で、悩み、苦しんでいる方が多くいらっしゃるという現実」でした。

自分以外には、そのような症状で苦しんでおられる方はいないと勝手に考えていました。

そこで、今回、私の経験談をお話することで、同じ悩みを持っておられる方に
「この様な解決方法もあるんだ。」という希望を与えられたならと思い、また、
過去の自分とも向き合いたい一心で、私の赤裸々な体験記を知って頂こうと考えました。

では、私の体験をお話致します。
読んでいると、気分が悪くなるでしょうが、そこはご了承願います。

当時の私も「吐く」とか「気持ち悪い」いう言葉が耳に入るだけで、
体が、異常に、敏感に反応しましたので・・。

また、食べ物を粗末にしてしまう記述もございますが、
事実をありのまま記載しておりますので、併せてご了承願います。


【暗黒期の始まり】

『今でも忘れらないあの夜』1975年5月(小学4年時)

その日は、不思議なくらい食欲があった。夕飯を普通に食べたが、またお腹が空き、
寝る前に何か食べることにした。母にお願いして、当時、珍しかったインスタントの
たぬきうどん食べた。満腹感、満足感を覚え、布団に入った。しかし、寝ていたところ、
突然、気分が悪くなり、動くことができず、布団の上で嘔吐。その時の苦しさは
今でも鮮明に記憶に残っている。その処理を母が行い、また寝付いたが、
またしばらくして、気分が悪くなり、繰り返す。今度は母が準備した洗面器の中に。

朝を迎え、学校に行ったが、当然、気分が優れず、給食を食べたが、半分くらい残した。
その日以来、何となく、嘔吐に抵抗を持つ様になり、満腹にならない様、
食べる量を制限する様になってしまった。当時の担任は嫌いなものを
無理に食べる必要はない、食べられない量を無理に食べる必要はないとの考え方だったので
給食も食べれる量だけ食べ、特にパンは残した。牛乳もその時の気分で飲んだり、飲まなかったり。
それ以外は普通に学校生活を送っていたが、あの夜の出来事を考えると、
人前で食べることに抵抗・恐怖を感じる毎日が続く。

『恐怖感の芽生え!』1975年5月〜1976年3月(小学4年時)

隣の3年生のクラスでは、毎日、ある女子が給食時間が過ぎても全部食べ切れない様で、
掃除時間に廊下に出され、その子の担任Tから無理やりパンを口の中に入れられていた。
それまでは、気にならなかったが、あの夜の出来事以来、自分の事の様に感じてしまう。
パンを詰め込まれる度に、吐きそうになっている姿のを見て、自分も恐怖感を覚えてしまう。
このTが、もし自分の担任になったらヤバイと恐怖心が膨らむ。それ以来、進級の時に、
Tが担任にならないかが大きな心の負担に・・・。(幸い、その悪夢は来なかった!)

『恐怖心は消えず。しかし、平穏期』1976年4月〜1977年3月(小学5年時)

給食では、小4同様、小5も、残しても何も言わない先生で問題なく過ごせた。しかし、
相変わらず、牛乳は飲まない、パンは2枚とも残す状態が続く。
ある日、担任が「牛乳が1本残っているけど、今日は誰も休んでいないが、誰のか?」との問い。
あるクラスメイトが「○○君のです。○○君は、いつも残しています」、「いつから」、
「4年生の途中からです。」・・・、余計なことを言うクラスメイト。
「○○、牛乳飲まないのか?」、「飲みたくないです。(心臓の鼓動は最高潮)」
結局、先生はそれ以上は言わなかった。やはり周りはそう目で見ているのだと怖く感じる。

【深い、深い、闇へ!】

『地獄の1年!!⇒ もう逃れられない!逃げたい!死んだら楽!』1977年4月〜1978年3月(小学6年)

小学6年担任が女性で、これで小学校は乗り切れた!と考えるが、これが地獄の始まりだった!!
4月までは、今まで通り、食べられる量だけ食べて、食べられないものは残した。
しかし、突然、事件は起こった!! ゴールデンウェーク明けの給食時、
なぜか担任の視線が頻繁に自分に向けられていることを感じる。パンを残そうと、
給食袋にパンを入れようとしたところ、「○○君、残さず食べなさい!」と大きな声。
皆が一斉に自分を見る。

その日以来、長〜い給食時間(+掃除時間)が始まる。
 12:20 給食時間開始。緊張感が最高潮に。落ち着かない、今日は乗り切れるだろうか?
    おかずは少な目に注いでもらい、何とかおかずを食べる。
    水分が少ないおかずは喉を通すのに苦労する。
    牛乳は一気飲み。飲むのを途中で止めるのが、何となく怖い。一気に入れる。
    しかし、パンがなかなか喉を通らない。考えすぎることで、喉が開かない。
    担任の視線を感じる。周りの目線も感じる。焦るが、目の前のパンは全く減らない。。
 12:40 頑張って食べようと考えば、考えるほど悪循環。喉は硬直したまま、受け付けない。
 13:00 給食時間終了。しかし自分の目の前のパンは残ったまま。
 13:00 そうじ開始。皆は一斉に机を教室の後ろに移動する。私も自分の机を後ろに移動するが、
    そのまま座り、掃除をしない。自分はパンを食べ続けなければならない。
    担任は教室の前の自分の机に座り、私を監視。掃除をしているクラスメイトの視線も感じる。
    パンを手の中でギュウギュウに押しつぶし、とにかく小さくする。小さく、小さくすることで、
    「食べるのはこれだけ。」と言い聞かせる。しかし、食べれなかった。体は拒み続ける。
    小さくしたパンを手の中に握り、担任やクラスメイトのスキをみてポケットにねじ込む。

こんな毎日が続く。
朝起きて、気持ちを安定させるために毎朝、正露丸を飲む。正露丸を飲むことで、
「今日の胃の調子は大丈夫だ」と自分に言い聞かせる。しかし、給食時間を想像するだけで、怖い!
給食時間が近づくと、手足先のピリピリが始まり、頭から血の気が引く、気分悪くなる、
心臓の鼓動はドキドキ。

もちろん、保健室通いが多くなる。給食を避ける理由を探す毎日・・・・。
(しかし、午後になると、元気になる。もちろん、体自体は病気ではないからである。)
これで、今日は乗り越えられた! でも明日はどうなることか・・・。

土曜日は給食がないため、体調は万全。安心して学校へ行く。元気な1日。
しかし、日曜になり、野球少年団の活動から帰り、18:30からの「タイガーマスク」の
あの暗いエンディングテーマが流れると気分が憂うつになる。明日は月曜日。
長い、過酷な5日間が始まる!考えただけで、とにかく怖い。給食さえ無ければ!!

症状が酷くなり、日曜日の野球少年団の活動にも影響が出てきた。
「明日は月曜日」という恐怖心から、体が思うように動かない。体が縮こまる。
こんなところまで影響が出てきた。もちろん、退団した。
家では「この根性なし。」という空気が漂っていた。

ある1日ではあるが、
「このままナイフで腹を刺し、死ねたら、苦しみも終わるな。」と真剣に考えた。
寝る前まで、真剣に自問自答したが、その行動を起こせなかった!なぜか今でも判らない。

母に相談した。(死のうと考えたことは言えなかったが・・。)母が担任に話をしてくれた。
母から「先生は判ったと言っていたよ。」との話し。次の日、パンを残しても何も言われなかった。
これで地獄の日々かから逃れられると!!

しかし、期待は裏切られた!!心に陽が差したのは、その日1日だけであった。
翌日の給食時間、「○○君、いつまで甘えているの!!全部食べなさい!!」の大きな声。
周りは静まり返り、ピーンと張り詰めた変な雰囲気になる。また地獄に逆戻り。
母に話したが、「ちゃんと話をしたのに。」だけで、真剣に取り合ってくれなかった。

給食のことばかり、そして吐く事への恐怖を常時考える日々が続く事になる。
今でも、特に午前中は全く集中できなかった事を思い出す。
給食時間が近づくにつれ、手先・足先にピリピリ感が発生し、血の気が引き、
喉がカラカラになり、心臓がドキドキし、ある意味パニック状態・・・、
こんな毎日が続いた。今でもこの時期をなぜ耐えれたかが判らない。

緊張感・恐怖感が続く中、
何とか、冬が過ぎ、春が近づき、長い、長かった小学6年という重い時間を乗り切った。でも、
その毎日の給食時間の出来事が、深い恐怖感を完全に心に植え付けた。

「嘔吐恐怖」という「大きな大きな虚像」が、自分に完全に覆い被さった1年であった。
もう、そういう体になってしまった。戻せない!

心の中に全く光が見えない!

『静寂期』1977年4月〜1980年3月(中学生)

中学では、3年間とも給食を残しても全く問題なかったので、給食時間も気楽だったが、
小6時の影響は全く消えず。午後の体育や午後の全校集会などの場合、殆ど食べれず。
多く人が集まる場面の前や、運動する前は、とにかく胃の中は空にする・・・。
親に外食を誘われても、勉強が忙しいから、時間がもったいないと理由を付け、
とにかく外食は避ける。

『やはり、怖い! ダメ! ムリ!』1983年8月(高校3年)

高校では昼食は弁当だったので、学校では普通の毎日。但し、午後体育や
午後集会の場合は相変わらず、胃の中は空にしておく。日曜日は近所の図書館で受験勉強の日々。
もちろん、昼食時は家へ帰って軽く食べていた。

そのある日曜日、図書館に来ていた近所の親友に昼食に誘われた。
時間も経っており、小学6年時の様な事は最近ないので、もう大丈夫ではないかと。
お腹も空いていた。中華料理屋へ行く。席は、万が一のために、それとなくお手洗いに近い場所に誘う。

そこで中華飯を注文。

そこまでは気分的には大丈夫だったが、中華飯が出て来るのを待つ。
心の中で、「今日は大丈夫、いける!」と言い聞かせる。それもつかの間。
症状が出てきてしまった。手足先のしびれ、額に冷や汗、喉の硬直、そして気持ち悪さが。
断るべきだった。友人の話が全く頭に入ってこない。何か理由を付けて、この場から立ち去りたい。

中華飯が目の前に。

体は完全に拒否状態。
平静を装い、レンゲに中華飯を少し取る。口にレンゲを運び、口に入れ、噛む、
しかし喉を通らない、飲み込めない。よく噛んで食べている振りをする。
何とか、少しづつ喉を通らせ、その一口が口の中からやっと消えた。
「もうダメ!」だった。それ以降は、更に手先がしびれ、喉が硬直し、何も受け付けない。
食べれない。口から出た言葉が「ご免。もうお腹が一杯。」と。
「そんな小食あるか?一口でお腹が一杯?」と言われたが、「ごめん。」しか言いようがない。
後は水だけを少しづつ、少しづつ口にした。もう外食へは絶対に行かない、行けないと、
心に言い聞かせる。

人と遊びに行く時は、理由を付けて、午前中だけ、午後から夕方までにする日々。

『怖い!逃げたい! 迫る社会人生活。』1988年1月〜1988年1月(高校3年〜大学4年卒業2ヶ月前)

大学入試・・共通一次試験は弁当を持たず受験。持っていくことで心に負担がかかる。
その2日間、家でも殆ど食べれず。とにかく、胃の中を空にして、試験に集中した。
私立受験は東京で受験。ホテルが予約で取れず、やむを得ず、目黒の親戚の家にお願いした。
試験当日、「昼は外食するので、弁当は必要ありません。」と偽ったが、親切にも作ってくれた。
ありがたいが、余計なプレッシャーが掛かる。申し訳ないが、駅のゴミ箱に弁当を捨てる。
持って行ってもどうせ喉を通らない。試験にも集中できない。もちろん、昼食は何も食べず。
胃の中は空のまま。そのが一番気分が楽!!

大学生活に入り、入学して約1ヵ月。地元の高校の同級生と新宿で午後から会う。
夕飯に行かないかと誘われる。何となく恐怖心が薄かったので、今日こそはいけるのではないかと。
今日が転機になるかもしれない!夕飯の誘いに乗ってしまう。あるレストランに入り、
注文しようとしたが、あの症状が!やはり予定がある事にして帰ればよかった!
友人に「ごめん、気分が優れないので出よう。」と。
店を出るなり友人は「だったら何で店に入るんだ!」と怒って帰る。
それ以来、その友人とは会っていない。

大学時代は、飲み会以外は自炊や弁当で乗り切った。友人がアパートに遊びに来ても、
料理を作るのが好きだからと言って自分が作った料理を出した。
もちろん、外食に誘われる前に先手を打つ。
友人と出掛ける際は、昼食時間帯や夕食時間帯は用事があるからと言って絶対に避けた。

電車の中では、いつでも駅で降りられる様、Doorの前に立つ。
アパートは大学まで2駅という場所を選ぶ。いざという際に、首都圏の電車にはトイレ付き車両がない。
長く電車に乗ることで、自分の気持ちに悪影響が出ると考えた。

何とかしないと、このままでは本当にヤバイと考える気持ちが出てきた。いつかは覚えていないが、
「自己催眠術(平井富雄さん)」の本を買って、読んでいた。
自己催眠で、今の症状が解決できるのだろうか??
でも、その本には、「催眠状態とは、お酒を飲んだ時のほろ酔い状態に近い。」との記述があった。

確かに、

大学生活で幸いだったのは、飲み会の最初は恐怖感でいっぱいだが、お酒を飲んで、
酔いが回ってくると、変な緊張感が解けることに気づいていた。
本に書いてあったことを経験していた。ここに解決へのヒントが?

また飲み屋では、自分が食べなければならない量が決まっていないので、
あまり食べなくても誰も気づかない。
よって、飲み会だけは何とか乗り切る事ができた。しかし、合コンは避けた。
女性の前だと、余計に緊張する。仮に運良く仲良くなっても、デートできない。
怖かった。食事することができないし、それを避けられないから!!!

前述した平井富雄さんの「自己催眠術」の本を何度も読んだ。ある程度の内容は判ったが、
やはり、本ではコツが上手くつかめないし、催眠状態そのものが判らない。
大学3年時、平井富雄さんがお見えになる東京大学病院へ一度出向いたが、
・吐く恐怖症で悩んでいる人など自分だけだろう
・こんな悩みを持つのは自分しかいないから、治らないだろう
自分で勝手に決め付け、病院の門の前で足踏みし、そのまま何もせずに去った。

就職活動は、地元で、実家から通える会社が最優先だった。実家に帰るのが目的ではない。
親には申し訳ないが、家から通えれば、昼食は弁当にできるからである。
会社の食堂での昼食や外食を避けられるとの理由だけであった。

【藁(ワラ)をもつかむ想い】1988年2月〜1998年3月

卒業2ヶ月前。就職先も決まり、卒業に必要な単位も取り、もう会社勤めから逃げられない。
社会人になれば、昼食/夕食の機会が格段に増えるはず。逃げる理由などないに等しい。
落ち着かない不安な日々が続く。もう2ヶ月しかない!2ヶ月で治る訳がない!でも、
何か手を打たなければ・・。
・タウンページで、心理カウンセリングを探す。
・西荻窪駅付近のカウンセリングセンターの案内に目が止まる。
・電話してみた。
・来院予約をした。
藁をも掴む想いしかなかった。

カウンセリングセンターへ向かう。心の中は緊張感と懐疑心で満たされていた。
ドアを開ける。人の良さそうな先生が迎えてくれた。安心感が出てきた。
まな板の鯉と同じ、後がない。今までの自分の暗黒期の話をする。その後、
自己催眠方法について教えて頂いた。2月から3月で週1回、計8回通った。
最後に先生からの言葉、「君は絶対に治るよ!」・・・そのシーンは今でも心に焼きついている。
これがダメなら、諦めよう。未来は既に諦めたのだから。

 《自己催眠の方法(概要)》・・・専門的なカウンセラーの元で習得して下さいね。

  (1回20〜30分ほどの時間です)

 ・ベットに上に、仰向けに横たわる。

 ・手は胸の上で軽く組み、目を閉じる。

 ・口で大きく息をゆっくり吸い、大きくゆっくり息を吐く。吐く息の量を多めに意識する。
  ⇒脳をやや酸欠状態にするため、吐く息をゆっくり多めにする。これを10回ほど繰り返す。

 ・胸の上で組んだ手を、胸の上に風船があり、それが膨らむ様に、上へ動かす。
  息を吸った際に風船が膨らみ、同時に安堵感/安心感をイメージする。息を吐く際は、
  悪いイメージを一緒に吐く様にする。例えば、食事での自分の悪いイメージを出し去る様に。
  胸の上の風船が大きく膨らみ、両手が上まで上がったら、ゆっくり両手をベットの上に下ろす。

 ・次は、口を閉じ、鼻からの呼吸に替え、上記と同様に行う。
  ⇒体が徐々にリラックスしてくる。

 ・体がリラックスしてきたら、頭のてっぺんから、足の先まで、上から順に、
  「柔らかくなるイメージをする。」
   ⇒脳が落ち着き、アルファ波が出てくる。カウンセリングセンターでは、
    アルファ波をキャッチする機器があり、脳波からアルファ波が出てくると、
    鈴虫が鳴く、心地よい音がした。これが催眠状態に入っているということ。
    この状態にて、イメージを開始する。

 ・自分がなりたい姿、私の場合は、人前で楽しく食事をしている自分をイメージした。
   ⇒最初は、わざとらしくでも構わないので、良いイメージを思い浮かべる。

 ・催眠を解く。・・・目を開け、体をゆっくりと徐々に動かす。
           私の場合、そのまま寝てしまう場合あります。

 カウンセリングの最終日に、先生から上記催眠誘導の音声テープを頂きました。このテープを
 毎日聞いて、自己暗示する日々が続く。
 
【兆し?】

『社会人生活2ヶ月目』

社会人になり、読み通り、弁当を持参し出勤。
最初の1週間の研修期間は、昼食は社員食堂には行かず、休憩室で食べる。
その次の1ヶ月は製造実習とのことで、夜勤勤務。これが自分にとっては好都合。
夜勤は人が少ないし、もちろん、弁当なので、気持ちが楽!
こんな会社生活が続けば良いと感じた。一生、夜勤でもいいと感じた。
自己催眠を習い始めて3ヶ月経ったが、効果があるかは判らない。
外食を試すのは、やはり怖かった。

製造実習期間が終わる頃、1通の案内が来た。この会社内の同じ大学出身者が集まり、
新人歓迎会を開催するとの事。私にとっては、余計なお世話な話でしたが、
今後のため、断れないと考えざるを得なかった。怖かったが、
お酒が出る席なので大丈夫だろうと心に言い聞かせていた。
もちろん、その席をイメージして自己催眠を続けた。

その歓迎会の日が刻々と近づいてくる。しかし、いつもだったら、その2,3日前から、
落ち着かず、緊張感、不安感が出てくるはずなのに、その時はなぜか落ち着いていた。
でも、高校や大学時でも、大丈夫だと考えても、食事直前になるとダメだったので、今回もそうなのか。
とりあえず、お酒が出るので、学生時代と同じで大丈夫だと言い聞かせた。

歓迎会当日、仕事を終え、割烹料理屋へ向かう。気分はまだ大丈夫。料理屋に着き、席を案内される。
年配の先輩方が20人ほど席に座っており、自己紹介するといろいろと話しかけてくる。
学生時代に考えていた「想像したくない場面」であった。しかし、今日は何か違った。
空腹感を感じたのである!
外食で空腹感を感じたことは小学4年時のあの出来事以来無かった。料理が出てくる。
体は例の反応を示していない。
コップにビールが注がれる。飲み会といえども、まだ酒が入っていないので、
この時間帯は一番ピークに体が反応するはず。
しかし、体は反応しない。目の前の料理を口にしたいほど、空腹感が増してきた。
不思議以外、何ものでもない。
乾杯し、まずは酔うためにビールを飲んだが、空腹の余り、酔う前に箸を料理に付けていた。
美味しい!!
外食で美味しいと感じる・・・、すでに完全に忘れ去っていた感覚。

自己催眠術の効果を確信した瞬間であった!!

それからも楽しく食事している自分を毎日イメージし続けた。
毎日といっても、寝る前の1回で時間は20分ほど。

その時の心理状況で、外食前にややプレッシャーを感じることもあったが、
その前に、そのリアルな場面で楽しく食事をしている自分をイメージすることで、心から不安が消える。
こんな事を繰り返していた。

この時、書店である1冊の本と出会う。

「人間向上の知恵」というタイトル。

自分の能力を飛躍させる力として「イメージング」について記載されてある。
イメージングによって、
 ・「ガン細胞を食いつぶした男の話し」
 ・「たった3行の格言がダメセールスマンを一変させた」
 ・「”そのうちいつか”は永遠にやってこない」
などの事例が、私に信じる事の大切さ、また勇気を与えてくれた。

自己催眠との出会い、書物との出会い・・、全て偶然ではない気がした。
信じれる何かが心を満たしてきた!!

【心に光が!】

自己催眠術と出会って、3ヶ月で効果が見られ、更に半年経たないうちに、
現実に女性と外食している自分がいる。暗示した自分ではなく、現実の自分なのだ! 
信じられないが、この現実が訪れたのだ!!
長く、苦しみ続けた13年間の暗黒期が終わった!!
この日が来ることを、諦めていたし、想像もできなかった。

自分の心の中で、いつの間にか、自分が生み、育て上げてしまった「負の虚像」を、
消し去ることができたのだ!

それから25年経ったが、今では、当時の苦しみを思い出しても、体は全く反応しない。
また、自己催眠を習得したことで、新規事業立ち上げなどでプレッシャーが掛かる場面でも、
問題を解決してゆく自分をイメージすることで、プレッシャーを跳ね除けています。
更には、自分の感情をもっとコントロールできるよう、応用しています。

【変えることができた人生】

「嘔吐恐怖症」を克服したことで、もちろんですが人生が大きく変わりました。
また、ある教訓も得ました。

それは「行動する」ことです。「行動した」ことで変えられたのです。

 ・23歳で恋人ができ、ドライブ、海外旅行など、平気で外に出られるようになりました。
 ・27歳で、最初に就職した会社を退職し、半年ですが、アメリカ生活を経験しました。
  帰国後、憧れだった会社に就職することができました。
 ・30歳で、今のカミさんと出会い、家族ができました。
 ・40歳になって、好きだった料理を趣味にして、料理教室へ通っています。

もちろん、今では会社の食堂で仲間と昼食を摂っていますし、外食にも行きます。
食べることの楽しさ、美味しい食材との出会い、あの13年間では想像できなかった生活・・。

同じ思いをされている方が、一人でも多く、「行動する」ことを選んで頂き、
悩みを解決する・・・・、その方が、また誰かのために行動する・・・。
そんなプラスのサイクルができることを心から願っております。

自己催眠法との出会い、素晴らしいカウンセラーとの出会い・・・、本当に感謝です!


体験談は以上ですが、
私を助けて頂いた素晴らしいカウンセラーはご健在でしたが、
現在、病後の療養中で、診療は中断しているとの事です。
まずは、最寄りの自己催眠術のカウンセリングに相談してみてはいかがでしょうか?

いきなり、カウンセリングセンターへは行きたくないし、自己催眠ってよくわからないということでしたら、
まずは、amazonにて「自己催眠術」で本を検索し、本にて概要を知って頂く、
もしくは、下記のように自宅できるプログラムもある様です。ご参考までですが・・。

自己催眠トレーニング

悩んでいても時間はどんどん過ぎてしまいます。
辛いことは痛いほど解りますが、悩んでいても先には一歩も進まないです。
(13年間、悩み続けた私が偉そうなことを言って、申し訳ございません。)

それでも、「今度」、「そのうち」と、また先延ばしにしますか?
「いつかそのうち」は永遠にやってこないです。

「行動」して、「本当の自分」を取り戻してみませんか?